第2166回例会報告[2022年6月17日(金)]

会長の時間

 岡本平仁 会長

皆様こんにちは。本日の例会も宜しくお願いします。

 

例会見学の田辺弘幸様

ようこそおいで下さいました。前回は5月13日であったと思うので、1ヶ月と少しぶりです。当クラブ例会の雰囲気を堪能して下さい。

 

今週に入り、近畿地方も梅雨入りしました。昨年に比べて2日遅く、平年と比べると8日遅いそうです。さて、梅雨明けは、いつ頃になるでしょうか。平年ですと、7月19日頃。昨年は7月17日でした。今年はラニーニャ現象の影響で梅雨明けが早くなる可能性もあると聞きます。ラニーニャ現象が起こると日本付近では、夏季に太平洋高気圧が北に張り出しやすくなり、気温が高くなる傾向にあるとのこと。【暑夏】

冬季では西高東低の冬型の気圧配置が強まり、気温が低くなる傾向にあるそうです。【寒冬】

今年は、どうでしょうか

 

それと、6月は、当クラブの創立記念日がある月です。

46年前、1976年 6月 5日岸和田ロータリークラブのスポンサーにより創立される。

創立時の会員数は、35名創立年次に、13名の純増を達成しております。すごいパワーを感じます。

1976年 6月 21日、RI本部より認証され第366地区所属ロータリークラブとなる 日本で1326番目 地区(大阪・和歌山)で79番目でした。

 

来週の火曜日が6月21日で、その日は、ちょうど今年の夏至となります。

北半球、特に北欧では、色々なお祭りがあるようです。

 

性欲をかきたてる日とされており、スウェーデンの民俗学者によると、夏至を祝うミッドサマーの祝日から9ヶ月後に生まれる子供が多いという。ギリシャ北部では、未婚女性がイチジクの木の下に自分の持ち物を置くと、夏至の魔法により将来の夫の夢を見るという伝承がある。ポーランドではスラブ民族の祝日、「イワン・クパラの日」の夜には、人々が恋に落ちるという言い伝えがある。イギリスのストーンヘンジでの夏至祭りは、ドルイド教に由来し、男性神、女性神の出会いを祝う意味があると言われている。

日本では、夏至は農作業が最も忙しい時期であることもあり、全国的な風習はないようです。

 

そして、今日6月17日

最近になって、欧米中心に感染拡大しております、サル痘。

その関係でニュースにもよく出てくるようになった天然痘ですが

164年前 1858年6月17日、現・東京上野に天然痘の予防及び治療を目的に設立された医療機関となるお玉ヶ池種痘所が設立されました。

天然痘の治療方法が見つかる以前は、不治の病とされており、

天然痘の疱瘡神は犬や猿など赤色のものが苦手と考えられていたようで

赤い犬、猿のお面:山間部に多め

赤ベコ:福島・会津地方

さるぼぼ:岐阜・飛騨地方

などの当時お守りとして備えられていたものが今日でも残っております。

 

サル痘、近く名称が変更されるかもらしいです。あと新たな変異が見つかったようです。

ちなみに先週の大吉日・開運日、どうでした?私は、宝くじを買いました!

 

以上、会長の時間とさせて頂きます。有り難うございました。

卓話

「岸和田城」

岩出正次会員<br />
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(岩出建設株式会社 会長 岩出正次)<br />

岩出正次会員

(岩出建設株式会社 会長 岩出正次)

今回は地元の岸和田城とその周辺について桜咲く季節に撮影した写真を盛込みながら資料作成致しました。

岸和田城にまつわる歴史について、1334年に岸和田古城跡がある辺りに和田高家が城を築いたのが岸和田古城と呼ばれています。室町時代1382年に現在の場所に信濃泰義が築城、1408年からは細川家7代130年間岸和田城主時代が続き、戦乱期は城主が入れ替わる時期が続きます、安土桃山時代1597年に小出秀政が5層の天守閣を竣工。江戸時代にはいり松平家から1661年に岡部家が岸和田城主となり、幕末まで13代続きます。1827年天守が落雷のため消失するが再建されず1871年廃藩置県により廃城となります。現在の天守は昭和29年に市民の寄付や旧城主の子孫である岡部氏の要望などにより再建されました。総工費は当時の金額で3460万円設計士は一級建築士池田谷久吉、施工は岩出建設株式会社、工事は昭和29年1月6日起工、同年11月13日竣工。また、平成4年には大改修工事も行なわれた。設計は株式会社比石英二建築事務所、施工は岩出建設株式会社。現在に至る。

岸和田城の石垣について、岸和田城の石垣は隅石の「算木積み」の積み方や石垣の勾配などから判断して基本的に「算木積み」と考えらます。石垣の補修箇所には江戸時代の工法の「切込みハギ」が見受けられます。石材は和泉砂岩、神於山系花崗岩、瀬戸内海系花崗岩が使用されています。

犬走りについて、あまり知られてないのですが岸和田城には犬走りがあります。犬走りとは石垣の外側に添って続く細い通路のことで岸和田城の内堀石垣下部に現存します。城の防衛上、犬走りは敵に攻撃拠点を与え、また石垣に取りつき易くなるので不利な構造といえます。この犬走りは非常にめずらしく他の日本の城ではほとんど見られません。

岸和田城周辺について、八陣の庭が有名です。二の曲輪内にあった新御茶屋跡地に造営されたのが五風荘です。そのほか杉江能楽堂、自泉会館、元睦会館、三の丸神社、岸城神社などがあり城下町の良さを残しています。参勤交代の経路であった紀州街道に目を向けると円成寺、光明寺、蛸地蔵で有名な天性寺などがあります。最後に岸和田で生まれ岸和田で育ち岸和田の昭和期の風景を見て感じ育った私ですが、今でも岸和田の町にお城があることを誇りに思っています。また、その岸和田城の昭和の再建及び平成の大改修工事を当社にて施工し、現在も現存しているということをうれしくもあり誇りに思っています。岸和田城やお城周辺を観光資源としてアピールし、岸和田市の経済活性化のためにも活用してもらいたいと思います。

 

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